①帯状疱疹

私が耳鍼療法を本格的に学ぶようになったきっかけとなった症例です。

 51才の女性、三週間前から右胸脇痛と発疹を訴える。病院でヘルペスと診断され、抗ウイルス剤を服用し始める。その後一週間のうちに痛みは腋窩を中心に胸部、背部に広がる。その後の二週目が痛みのピークで鎮痛剤を毎日服用。特に夜間は痛みで眠りにくい。三週目、痛みは徐々に軽減。鎮痛剤は睡眠時のみで耐えられるようになった。このとき、知人の紹介で鍼灸師の治療を受けるがその直後に悪化。ピーク時ほどではないが、触れると脇に電激のような痛みがある。問診時、T4肋間神経に沿って痛み。右を下にして横になることが出来ない。

 どのような鍼灸の治療を受けたかを聞いたところ、背部から胸にかけて、痛む線上を三点、右合谷などでした。背部に刺鍼されたときに電撃感があり、その後暫く続いたとの事でした。

 私は以前、同じような患者さんに対し、痛みのある高さの背部兪穴を取り、神経に響かせて大変な痛みを起こしてしまったことがあります。以来、特に急性期の場合は局所を避け、遠隔取穴をすることが多いです。しかしこの患者さんの場合、つい数日前に起こした鍼による痛みがあり、恐怖感もあったことから、耳鍼を試すことになりました。
 
 ノジェ耳鍼でのヘルペス治療は、ゼロ点(耳輪根中央)を始点とし、対耳輪上にある当該胸椎点を通る線上を探索する、とあります。私はそのとき電探(電気皮膚抵抗探査機)を持っていなかったので、簡単にゼロ点、T4点、その延長上にある外耳輪の計三点を、圧診した上で刺鍼しました。五分後、患者さん本人に疼痛部位に触れてもらったところ、痛みが軽減されている事を確認しました。更に五分ほどしてから抜鍼し、右を下にして横になってもらったところ、痛みは少し感じるが横になっても苦にならないくらいだ、とのことでした。

 5日後に2診目。初診後三日間は痛みが軽く、鎮痛剤無し、夜もよく眠れたとの事。4日目の晩、痛みを強く感じるようになりこのときだけ鎮痛剤を飲んだそうです。疼痛コントロール効果としては充分な結果ではないでしょうか。前回と同じ線上を前よりも念入りに圧診し、反応点を絞りました。前回とほぼ同じ三点に対し、毫鍼で十分間置鍼の後、そのうち二点に皮内鍼を入れました。

 10日後に3診。皮内鍼は5日後に自分で取り外したそうですが、その直後にまた痛みが戻ってきたとの事。ただし今回は鎮痛剤なしで困らない程度なので大分楽になったそうです。このときに初めて電探を試しました。ところが圧診では対耳輪上の反応点は1、2点に絞れるのですが、皮電計で探ると胸椎全体に反応が出てしまいます。趙敏行先生の本の中には、顔に広がったヘルペス患者の対耳輪上頚椎部全体に反応が出た、という記載がありますが、この患者さんの場合はそれほど広がっているとは思えませんでした。一応、その中で一番抵抗値の低そうな場所を探り、そのうち二点に毫鍼で刺鍼しました。このときは置鍼後皮内鍼はせず、粒をテープで貼り付けて、自分で刺激してもらうようにしました。この患者さんはこのあと二週間の旅行に出かけましたが、その後別件で連絡があったとき、発疹はまだ残っているが痛みは殆ど無いとの事で、治療を終了としました。

 この症例をきっかけとし様々なケースで耳鍼を用いていますが、特に疼痛のコントロールに関して耳鍼の効果は際立っています。まだ私も勉強段階なので今後は肩関節痛などで痛みが取れても運動障害が残るようなケースで耳背の点を用いて改善するなどの手法をマスターしなければならないと思っています。
 私は治療の際体鍼も用いていますが、体鍼による治療の後、どうしても取りきれない痛みや違和感に関しては、再び同じような部位の経穴に刺鍼するよりも耳の反射点を探すようになりました。そうすることにより、患者さん側の負担も減り、また耳からアプローチすることによって劇的に改善することが多いからです。
 思うに、痛みというのは様々な種類、原因があり、体鍼によるある刺激で取れるものと、耳の反射区で反応しやすいものと別に存在するのではないかと思います。もちろん優れた鍼灸師が的を得た一点で全ての痛みをたちどころに取り除いてしまう、というのは理想でしょう。また、ノジェのように耳鍼のみ用いて治療効果を出し続けた名人も存在します。しかし臨床上、常にこれを実践するというのはなかなか難しいことです。

 私は体鍼以外に頭鍼も良く使います。頭に全ての反射区が投影されていて、頭鍼ですべて対応できる、という考えはありませんが、ある症状に関しては劇的に効きます。例えば喘息発作や痺症などにです。耳鍼もその有効な部分はどんどん取り入れて、体鍼だけにこだわらずに用いていこうと思いました。