足指の痛み

 45才女性。爪先立ちをすると右足第1指が痛む。また両足に均等に体重をかけても軽く痛みを感じる。以前より外反母趾があったが、ここ数年特に痛み始めた。指の付け根、1指と2指の間に魚の目が出来ている。

 この女性の足指の痛みは、外反母趾による変形から来る関節痛と、魚の目から来るものの両方がありました。関節痛は体重をかけなくても曲げればいたいのですが、これは指圧による治療で改善でき、ベット上で他動的に強く曲げても痛まなくなりました。しかしこの方の魚の目は深く、なんと行間穴(足の甲、親指と人差し指の間にある経穴)から魚の目の先端が触知出来るくらいでした。ここまで酷いと、メスでほじくってお灸をするのは無理です。殆ど外科手術になってしまいます。この方は時々自分で魚の目を削っていたのですが、根っこが取れていないので体重をかけたり爪先立ちをしたりすると神経を圧迫していたのです。

 完全に痛みをとるのは難しいですと伝えましたが、関節痛に効かせるつもりで耳鍼治療をすることにしました。この方は耳への鍼を恐がるので、電鍼対耳療法を用いました。手に握る為の電極棒を足の指の間にはさみ、他方の電極を毫鍼につなぎ、鍼の竜頭(取っ手)で三角窩(下肢の耳点がある部位、耳の上のほう)を探りました。電探で探るときは、かなり軽めの接触圧で探らないと、正確な良導点が比較できないのですが、この患者さんの場合、どうしても三角窩内に良導点が見つかりません。仕方ないので電圧をやや上げ、鍼の取っ手を強めに押し付けながら探っていきました。この場合、探索というより刺激になってしまいますが、探索気のメーターに動きがないのに、患者さんが痛がる場所がありました。三角窩の外側、耳輪上です。試しに探索気の電源を切り、圧痛かどうかを見ましたが、圧刺激だけではあまり痛がりませんでした。その点にやや強めの電圧で三十秒刺激し、その他ゼロ点、腰仙点を十秒ずつ刺激しました。

 結果、予想はしていましたが、痛みは半分くらいしか減りませんでした。ただし不思議に思ったのは、この効果がこの後数週間しても続いていたのです。治療効果が鍼麻酔程度の効果であれば、せいぜい1日で効果は切れるはずです。しかしこの場合、二ヵ月後に尋ねた時点でも、以前の痛みが減ったままだということでしたので、一時的な効果とは思えません。

 考えられるのは、ノジェのいう「痛みの記憶」です。慢性痛で長期間続いたものは、前頭葉のどこかの記憶細胞にその痛みが残っており、原因が改善されても痛みとして認識される、という発想です。この方の場合は、痛みの原因はそのままでしたが、長期にわたる痛みによる「痛みの記憶」の部分が、耳介刺激により減少したのではないかと考えます。

 痛みの記憶、という考えは、私のの治療に対する発想に影響を与えました。患者さんが何か痛みを訴えるとき、それはまず、脳が痛みとして認識するからです。患部の組織破壊や血行不良などが脳まで痛みの情報を伝達する間、様々な神経的な作用を経てたどり着きます。その中には過剰な伝達をしたり、また痛みの認識が長引くことがあると考えます。なぜなら痛みに対する閾値や耐性は個人差が非常に激しいからです。また同一人物の中でも、体調や精神状態により大きく左右されます。

 疼痛を治療する際、患部のみでなく、その痛みの原因が何であるかを私たち鍼灸師は考えます。そのときに中医学的な発想をすれば寒邪や痰湿などの言葉を使うのですが、これらはそういう「モノ」があるのではなく、原因を表現したものです。私もこういう発想をしますが、それにこの「痛みの記憶」という発想が加わり、治療の発想の範囲が広がりました。つまり痛む場所、痛む原因、痛みの記憶の三つです。