肩の運動制限

45才女性。10年前の夏、レストランでクーラーが直接当たるところに座っていたことで発症した。その翌日から数日間、首が回らず、左肩関節外転ができなかった。その後首はまわるようになるが、以来肩をすくめると左肩が挙がらず、左右差が顕著である。その他首肩の凝り、腰痛が辛く、全体の症状は毎年冬に悪化する。温めると症状は改善するが、左肩の挙上制限は明らか。

 この患者さんはもともと外反母趾から来る足の痛みの治療でいらした方でした。丁度秋から冬にかけてのころに治療を始めたのですが、気温が下がるにつれ上記のような症状が悪化してきて、その発端となったときの事を伺いました。
 十年とは随分長いですが、患者さんは発症機序をよく覚えておりました。こういうのを中医学では寒邪阻滞といいます。部位からして手少陽経に阻滞したものと考えました。この患者さんは鍼が恐く、又そのとき灸も持ち合わせていなかったので耳鍼を使うことにしました。 
 首、肩の症状を細かに分析すると、首の運動範囲に左右差は殆どなく上肢の挙上、もしくは肩をすくめる時に左が制限されます。このときに左肩にはっきりとした痛みは無く、これ以上力が入らないといった感じです。 患者さんの耳(以後患耳とする)を触れてみると、対耳輪が硬く、まるで凝っているようです。
 これは首肩の凝りや痛みが慢性的な方によく見られます。そしてその硬さを解そうと揉むと痛がることが多いです。逆に全く痛みを感じない人もいます。(私は以前、対耳輪が硬くなっているのに全く痛みを感じない患耳に対し、良く揉み、棒灸をしたのち、3番鍼で頚椎から上部胸椎にかけてを横刺したことがありました。これは後頸部から背部にかけてを30分くらい指圧したのちに挟脊穴に置鍼してようやく首肩の痛みが楽になったのと同じくらいの効果があったと思います)
 
 ノジェの考えでは、耳介前面は知覚、後面は運動に関する作用があるとしています。この患者さんの場合、痛みよりも運動障害が顕著なので耳背も探索しました。耳への鍼刺激も嫌がる方だったので、電探で反応点を探り、頚椎点・肩点・視床点(表)、肩点(裏)の数点に対し、電極でパルス刺激をしました。(電鍼体耳療法)各点十秒くらいです。肩の運動制限はその直後に殆どなくなりました。 
 電探を用いるときは、耳介反射図にあまりとらわれず、例えば肩点周囲を探索して、一番皮膚抵抗の低い点を治療点とした方が良いです。パルス刺激をするときに皮膚抵抗値が低い点でないと効かないからです。電探機にパルス機能がない場合、低電圧で良導点を探索した後、電圧を上げて刺激すれば同じ効果が出せます。ただしパルスの方が数分間刺激するときには向いています。視床点をとったのは10年という長い期間持ち続けた運動障害だからです。首肩の障害の内、胸鎖乳突筋か僧帽筋が絡むときは、脳や交感神経の影響があるのではと必ず疑います。骨格筋の中ではこの2つが副神経支配だからです。 
 その後、二回の治療でも同様に鍼なしパルスのみを行いました。首、肩の経穴に対しての灸もあわせたので耳への効果だけではありませんが、患者さんの違和感は消え、治癒としました。 
 
 その他の肩疾患、五十肩などでも、治療の前半で耳鍼によりある程度変化をさせておくと、その後の体鍼による治療効果があがります。痛みの局在がはっきりして、刺鍼点を特定しやすいからです。また辛い痛みを持つ患者さんにとって、最初に痛みが改善すると気持ちが前向きになり、治療にも積極的になります。これは患者さんの顔つきが変わることからも伺えます。耳点の探索、パルス刺激は合計しても数分もかからないのでお勧めです。