③ノジェの耳鍼医学にふれる

 2008年、キューバでの活動を終えて帰国の後、耳鍼に関しては触れることなく数ヶ月すごした後、今度はスペインに向かうことになりました。マドリッドで指圧治療院と指圧学校を経営されている先生のもとで勤務する為にです。結果としてその後、マドリッドでの仕事はうまく行かずに中止ということになりましたが、ここでまた耳鍼との出会いがありました。正確には趙敏行の「欧米耳鍼法の理論と臨床」という本を、マドリッドの先生から拝借したのです。実はこの本が大きな契機となりました。
 
 海外にいて良いなと思うことは、何かと自分の時間が持てるので本がたくさん読めることです。付き合いも日本よりは減るし、仕事をしていても日本ほどの量ではないですし。(逆に良くない事は紀伊国屋にいけないこと)ある時期、持参していた本を皆読み尽くしていたときにこの本を借り、「そういえばキューバで耳鍼ならったなぁ」と思い読み始めました。
 
  この本の著者、趙先生は朝鮮動乱の時に渡米し、彼の地で医学部教授になった苦労人です。耳鍼発展期のノジェと直接交流した医師本人が日本語で書いた本として、今でも貴重な一冊だと思います。(1978年 医道の日本社発行 絶版ですか?)この本にはノジェの耳鍼法発見に至る過程と、執筆当時既に完成しつつあった耳介医学の概要が書かれています。
 この本を含め、ノジェ関連の文献を読んで次のようなことが分かりました。
  1. 耳鍼、耳つぼ、耳介医学といった一連の治療体系は、その起源こそ紀元前までさかのぼれるが、系統だった医療技術の一端にまで発展させたのはノジェである。
  2. ノジェは耳介医学発展過程の殆どにおいて、解剖学的、胎生学的、神経学的に説明、立証してきた。 故に半世紀過ぎた現在でも、神経系、特に自律神経系と疾病の関係がより重要視されるようになっている中で、ノジェによる耳介医学とその考え方は非常に有用である。
  3. 耳介医学の理論はともかく、それに基づく治療方法極めてシンプルである。 故にクボタ式を始め、「耳つぼで痩せられる」もしくは「耳のココを押すと○○に効く」などの亜流が多数生まれた。

  ノジェ派の耳鍼に興味を持ち始め、今まで見たことのあった中医耳鍼と大きく異なる点がいくつも分かってきました。

  1. 殆ど全ての耳点の配置が解剖学的、神経学的、胎生学的に根拠付けられている。故に病気を神経学的に見たり病理学的に捉えてみる時は治療方針が立てやすい。 また逆に中医耳鍼では、五臓の耳穴を弁証配穴に使えるなど、中医理論がわかっていればこちらも理解がしやすい。
  2. ノジェ反射、(またはACR,VAS)という、脈を診て診断、治療を行うという方法を取り入れている。 中医耳鍼では耳の望診が重要であるとしている。
  3. ノジェの段階(Phase)理論。これは耳の反射図が実は三つあり、病理学的な状態によって同じ耳点でも異なった働きをする事を明らかにしている。またこれによる診断も出来るとしている。
  4. ノジェ派/中医派ともに、鍼以外にレーザー照射・パルス鍼などを用いているが、ノジェ派の光線パルス照射は独特である。
  5. ノジェ周波数。光刺激を体のある特定の部位、もしくは耳介の特定部位に照射すると、前述したノジェ反射に反応が表れる、もしくは治療効果がある、としている。

 以上のうち、3、5、6、7のアイデアは中医耳鍼には全くない考えであり、耳鍼療法を単なる「耳つぼ」としてだけでなく、代替医療の一端とまで高めたものです。故にノジェ派は時に「耳介医学」という呼称を用いることがあります。

 ノジェ派と中医派の違いで、耳点の違いを論じることがありますが、それぞれの耳点の位置の相違よりも、その相違を生じた考え方の背景を論じなければならないと思います。また中医派には段階理論のような考えは無く、耳穴位置は常に一定です。(とはいえノジェ派も臨床上九割はあの「逆さま胎児」の耳点配置が現れるとしています)

 故にノジェ派の耳鍼療法を全て理解しようとすると、それなりに複雑なものとなっています。ラファエル・ノジェによる最新の本「Auriculothrapy」(2008年Thieme社発行)では以上の特徴がシンプルに書かれています。(ただしシンプルすぎて初めて読んだ人には解らないと思います。ただそういうものがあるんだ、ということが解ります)

 私は趙先生の本だけでは充分でなかったのでこの本を読み、その後「耳鍼医学の臨床」も読み、その後ヘルペスの患者さんにこれを試してその効果に驚きました。(臨床報告を参照)以降、体鍼をメインで用いている患者さんに対しても耳点反応を調べる習慣がついてきて、その効果を検証するようになってきました。